『 真夏の ― (1) ― 』
カナカナカナ −−−−− ・・・・
陽射しが傾き始めると 必ずこの声がきこえてくる。
その陽射しを遮る勢いで 我が物顔に広がった緑の合い間からか
はたまたもう少し高い梢の先からか・・・
カナカナカナ −−−−
その声は ― なぜか聞く者のココロを震わせる。
あら また ・・・・
・・・え?
やだ ・・・ 涙?
わたしってば ヘンじゃない?
「 ・・・ どうしてかしら 」
フランソワーズは テラスへのフレンチ・ドアを開ける。
「 え なに? 」
部屋の奥から ジョーの声がきこえた。
「 うん ・・・ あのね あれ・・・ なんの鳴き声? 」
「 え? どれ 」
彼は 読み止しの雑誌をおいて窓辺までやってきた。
「 あれ 開けたの? 外、まだ暑いよ 」
「 ・・・ ええ ちょっと空気を入れ替えたくて ・・・ 」
「 あ〜 ウチのエアコンは換気も同時、だから大丈夫だよ 」
「 そうなの ・・・? でも ちょっと外の空気 吸いたいわ
夕方って なんか不思議な時間よね?
ねえ ジョー。 あれは なんの声? 」
「 声?? なにか聞こえるのかい 」
「 え ・・・ ほら さっきからずっと ・・・
最近 夕方が近くなると聞こえるのよ 」
「 ??? 今 聞こえてる? 」
「 ん −−−− あ ほら・・・ 」
カナカナカナ −−−− ・・・
「 え・・・ なにか特別な声 聞こえるかい? 」
「 え?? 聞こえてるでしょう?? ほら ・・・・ 」
「 ウソ? ぼく 聴覚、不具合なのかなあ?? なにも特別な声は
聞こえないんだけど 」
「 ・・・ ずっとよ ほら ヒヒヒヒヒヒ −−− って 」
「 ??? あ。 もしかして カナカナカナ じゃない? 」
「 カナカナ?? わたしには ヒヒヒ って聞こえるんだけど 」
「 あ そっかあ〜〜〜 ふうん そうかもなあ・・・
ぼくら ♪ かなかな蝉が とおくで鳴いた ♪ って歌、
コドモの頃から聞いてるから かあ 」
「 かなかな蝉? え。 あれ セミの声なの?? 」
「 うん。 カナカナ蝉。 蜩 ( ひぐらし ) っても言うよ 」
「 ひぐらし? ・・・ へえ ・・・ 日暮れ?
夕方に鳴くセミなの ? 」
「 そうみたいだよ あ 明け方にも鳴くなあ 」
「 明け方 ・・・ 」
え ・・・
この声を 明け方に聞くって
・・・ ちょっと辛いなあ
なんだか こころの中の想い出が
にじみ出してきて
傷痕に 沁みるのね ・・・
「 ん? どうした? 」
黙りこんでしまった彼女を ジョーはゆっくり振り返る。
「 ・・・ なんか こう〜〜 心がきゅっとするの 」
「 う〜ん そうだね 蜩の声ってセンチメンタルだもんね 」
「 ・・・ 」
「 それにしても フラン。 セミの声、聞こえるんだ? 」
「 どういうこと?? わたし、別に聴覚は 普通 よ 」
「 あ ごめん〜〜 ヘンな意味じゃないんだ。
なにかでね ニホンジン以外は 蝉とか虫の声って
単なる雑音って聞こえるって 」
「 ! 雑音 じゃあない と思うけど ・・・ 」
「 秋に虫の音を愛でるって 日本人だけ なんだって。
蝉の声も 鈴虫の声も ただの < 虫の声 > ってだけ響くって
そんな記事 あったよ 」
「 あら。 わたし ちゃんと秋の虫の声、聞くわよ??
鈴虫とか好きだわあ〜〜 こんなにキレイな音を昆虫が出す なんて
すご〜〜い感激だったもの 」
「 あ そうだよね きみ、秋の虫の声、好きだもんね 」
「 セミもね ・・・ キライじゃないわ。 」
「 う〜〜ん まあ ねえ ぼくら もう夏の蝉って当たり前って感じでさ
鳴いてるな〜〜 ってあんまし意識しないんだ 」
「 そうなの? 」
「 蝉の声ってさ なんか 夏休みの友 って気分んだもの 」
「 ふうん ・・・ あの ひひひ・・の蝉も? 」
「 ああ アレを聞くと あ 帰らなくちゃ ・・・ とか
あ〜〜 夏も最終章に入るかあ〜〜 って気分になるけどね 」
「 ふふふふ 」
「 ? なに ? 」
「 ジョーも そんな風に・・・エモーショナルなこと、話すのねえ 」
「 そ そりゃ ぼくだってさあ〜〜 」
「 あら? 夏の失恋の記憶がうずく? 夏の日の恋〜〜って? 」
「 フラン〜〜〜〜〜 」
「 うふふ 思い出旅行、じゃましませんよ?
ジョー もしみじみしてください?
わたし ちょっと買い物に行ってくるわね 」
「 え ・・・ 買い出しなら 昨日、行ったよね 一緒にさ 」
「 そうね あのね なにか季節のお野菜とか 見てきたいの。
風もすこしでてきたから 」
「 そうかあ・・・ あ 帽子 かぶってゆけよな 」
「 ふふふ 日傘があるの。 博士が買ってくださったのよ 」
「 ふうん ・・・ ぼくさ 女のヒトの日傘って好きだなあ・・・
あの白さが なんか 夏〜〜〜〜 って感じでさ 」
「 あらら ジョーってば 今日はやたらと情緒的ねえ ?
じゃ いってきます 」
「 うん ・・・ 気をつけて 」
「 はい。 イイコでお留守番しててね アイス、買ってくるから 」
「 お♪ お願いシマス〜〜 」
フランソワーズは お気に入りの白いコットンのスカートに
白麻の、縁にスワトウ細工がしてある日傘をもって 出掛けた。
ふう 〜〜〜〜 ・・・
玄関を出ると ど・・・っと生温かい空気が押し寄せてきた。
その中で 彼女は おおき〜〜く深呼吸をする。
「 ・・・ ん〜〜〜 なんか空気の味がするってカンジ。
ん〜〜〜 緑の匂いや お日様の匂いもするわね 」
どっと熱気が纏わりついてきたが それは当たり前のことなのだ。
今は 夏 なのだから。
「 うわあ〜〜 こんなに暑い日なのよねえ・・・
家の中の エアコンを通った空気は 快適で清潔だけど・・・
なんか こう・・・ 無味無臭 なのよね。
そうそう これが夏の日の空気だわ 」
パチン ― 日傘を開き門まで歩いてゆく。
庭の植物たちでさえ 精気あふれいつもとは違う佇まいに見える。
勢いを競って葉をひろげ 蔓をのばし 茎を高く持ち上げている。
彼らの吐息は 青臭い靄となって辺りをけぶらせるのだ。
「 ん ・・・ すごいわね ・・・ あ 眩しい〜〜
あらちょうど正面にお日様がきてる・・・ 」
日傘で西陽を遮って 門のところまでやってきた。
キ ィ −−−− ・・・
低い鉄柵の門扉を ゆっくりと開けた。
「 ! あっつ ・・・ 西陽ってすごいのねえ 」
いつもは ひんやり感じる門扉が お日様に熱せられていた。
「 そうなんだ? こんなに暑い一日だったのね
うわあ・・・ これはすごいわ ・・・ 」
あまりに明るい 明るすぎる陽の光の中で ―
ふ・・・っと 目も眩む気がして 思わず視線を足元に落としていた。
「 おい ファン ちゃんと帽子 かぶれ。 日焼けするぞ 」
すぐ側で 懐かしいヒトの懐かしい声が 聞こえた。
ふと ・・・ 隣にそのヒトの雰囲気を感じ 足音さえ聞こえる と思った。
「 大丈夫よ お兄ちゃん。 ほら。 これね 日傘なの ステキでしょ? 」
お気に入りの日傘を差し出した瞬間 ―
門の前に立つ影は 自分だけになった。
あ ・・・・・ ?
お兄ちゃん ・・・?
思わず 周囲を見回しあの背の高い、もしゃもしゃした金髪の姿を
探してしまった。
「 ・・・ わたし 夢でも見てたの?
ううん ううん たしかにお兄ちゃんの声だったもの!
いっつも夏には言われたわ ファン 帽子かぶれ って
・・・・・・
ねえ ねえ ・・・ ジャン兄さん
・・・ ねえ ここに きて ・・・ 」
日傘の下で ほろほろ ほろほろ 透明な雫が落ちてゆく。
白いコットンのスカートに 水玉模様がついてしまった。
「 ・・・ やだ ・・・ わたしったら ・・・
ああ でも こんな空気 ― バカンスに行った別荘の庭で
深呼吸した時 感じていたっけ・・・ 家族みんなで ・・・ 」
「 おい〜〜 先に行ってる。 三区のカフェで待ってるぞ 」
俯いている彼女に 穏やかな声が降ってきた。
いつもの 声、 いつもの 調子、 いつもの 話。
! お兄ちゃん ・・・!
ああ やっぱりお兄ちゃんなのね
そうよ 約束だものね
わたし達の いつもの場所 よね
なんにも言わなくたってわかるわ
あのカフェにいれば お兄ちゃん、来たもの。
ごめ〜〜ん 先に行っててくれる?
すぐに追いつくから〜〜
「 ・・・ さきに いってて ・・・ 」
辛うじて それだけのコトバを絞りだした。
ザ ザ ザ −−−
よく知っている足音が 遠くなってゆく。
お兄ちゃん ・・・ !
自分でもよく分らないのだが どうしても顔をあげるのが怖くて。
周りには 自分しかいないことを確かめるのが 辛くて。
フランソワーズは ずっと足元に視線を落としたままだ。
コツ ・・・ サンダルの爪先が門扉に当たった。
「 ・・・ うわあ ・・・ こんなに草が ・・・
あら このつる草、朝にはなかったはずよ 」
アイアン・レースの門扉には ハート型の葉をもった草が
細いつるを絡ませ始めていた。
この家では 住人たちは交代で毎朝、庭や門の外を掃除している。
庭はかなり緑の多いので 一日でも放っておくと大変なのだ。
「 わたし、今朝 ちゃんと掃除したわ?
門のところも掃いたけど ・・・ 草は絡まっていなかったし 」
気を付けて周りを見直せば ― わらわらと緑たちは侵略の手を進めている。
・・・ なんか ・・・ すごいわね
ちょっと恐い感じもするわ
つい最近まで お水をあげなくちゃ!
枯れないでね〜〜 肥料がいるかしら
元気になって・・・って 心配していたのに
夏 だから・・・?
この暑さが この熱気が 活力になっているの?
「 ・・・・・・ 」
思い切って顔を上げれば ― ぎらぎらと西陽を映し
緑たちは いっそう勢いを増し始めている ・・・ ふうに見えた。
・・・ 暑さ って 怖いかも
熱気って ―
そうよね ヒトを殺すことだって あるんだわ
ああ 冷やしたいわ
身体じゃなくて こころ が ・・・
なんだか心が暑さに中ってしまったみたい
「 三区のカフェ ・・・ 先に行っててね ・・・ 」
え ・・・?
今 わたし 何を言ったの?
誰に 言ったの ・・・?
でも ・・・
あのカフェに行けば ―
そうよ ・・・
あのカフェに行けば ・・・
すこしは すっきりする かもしれないわ
カタン。 日傘をぐっと前に傾けると フランソワーズは西陽を追って
家の前の坂を 降りていった。
先に 行ってて ・・・
すぐに 追いつくから。
― ジャン兄さん ・・・!
タタタタ ・・・・ 軽いサンダルの音が遠ざかってゆく。
カナカナカナ ーーーーーー
白い日傘の上から 夕方の蝉が声を降り注ぎ始めていた。
夏は 暑さは すべてを曖昧にする
暑さで あらゆるものが 勢いを増す
そして あらゆるものが その境界を越えて入り混じる
入り混じり 溶けあい それぞれの領域が曖昧になる
動物と植物 昼と夜 この世とあの世
そして 生きているもの と そうでないもの
カナカナカナカナ −−−−
蜩の声にさそわれ あらゆるものが領域をはみ出し浮遊し始めるのだ。
コツ。 サンダルが 止まった。
日傘を差したまま そのドアの前で彼女は歩みをとめた。
「 ん 〜〜〜〜 ? あら。 え ・・・? 」
フランソワーズは 日傘の下から扉に張られた < お知らせ > を
見上げた。
「 え・・っと? お盆期間 お休みいたします ??
え〜〜〜 お休みなのぉ・・・ がっかり ・・・ 」
しょぼん ・・・ 比喩ではなく 本当にがっくり、肩を落とてしまった。
「 せっかく ・・・ 来たのに。 あの オ・レ 飲みたかったのに 」
あ〜あ・・・と しばらく姿勢を変えることもなく ぼうぜんと張り紙を
眺めていた。
春先に ― ここを見つけた。
地元で買い物を終えて 気が向いたのでいつもより少し先まで散歩してみた。
そして 商店街の端の方にみつけた ― 古色蒼然?とした小さなカフェ。
コーヒーの香りに引き寄せられ 勇気を出してドアを押した。
チリ −−− ン 澄んだベルの音と一緒にドアが開いた。
「 へえ ・・・? 手で開けるドアって珍しいわね ・・・ 」
フランソワーズは ドアの所でなんとなく佇んでいたが。
「 いらっしゃませ ・・・ お好きな席 どうぞ 」
カウンターから 中年のマスターの穏やかな声が響いてきた。
「 あ ・・・ メルシ 」
店内は ぽつぽつ席が埋まっている程度・・・ 低くモーツァルトが
流れている。
客たちは 本を読んだりスマホを見たり − 話声はほとんど ない。
「 ・・・ じゃ ここ。 」
彼女は カウンターの端っこに座った。
「 ご注文は? Mademoiselle? 」
「 え ・・・ あ あのう〜 オ・レ を 」
「 はい。 」
マスターは 静かにコップに水を注ぐと彼女の前に置いた。
「 フランセーズ? ( フランスの方? ) 」
「 ・・・ はい。 あ 日本語、大丈夫です 」
「 よかった ・・・ すぐに淹れます 」
「 メルシ〜〜 ・・・ あ ステキ ・・・ 」
スツールを少しまわし 店内をよく観察した。
壁面は 落ち着いた茶色で数枚の絵画が飾ってある。
「 ・・・ あ? これ 見覚えが ・・・ あ ルオー? 」
一枚の絵に 視線が止まった。
この絵 ・・・ あそこにも あった
あの 三区のカフェにも!
ルオーの作品だって お兄ちゃんが・・・
「 どうぞ 」
コトン。 心誘う香と共に カフェ・オ・レ ボウル が置かれた。
「 メルシ ・・・・ あのう あの絵 ・・・ ルオーですよね? 」
「 え? ― ああ アレですか そうです。
よくご存じですねえ お好きですか 」
「 はい 」
「 フランスの方は芸術に造詣が深いですね
あれは 親父の形見で ・・・ 複製ですけど
多分 若い頃持って帰ってきたもの らしいです 」
「 そう ですか ・・・ 持って帰ってきた って? 」
コクン ― ゆっくりひとくち、オ・レを味わう。
「 あ ・・・ おいしい 〜〜! 」
「 ・・・・ 」
マスターは 微笑んで会釈をした。
「 ああ 僕のね 死んだ親父がう〜〜んと若い頃 パリで修業してて。
帰国して 晩年にこの商店街にやっと自分の店 持ったんです 」
「 まあ それが ここですか 」
「 いや もっと外れたトコに・・・ 普通の民家を改築してね。
お袋と二人で頑張ってましたね 」
「 そう ・・・ この オ・レ はお父様の味? 」
「 いやあ まだまだ・・・ なかなかあの味には届きません。 」
「 このお店は お父様のお店を継がれたのですか? 」
「 いえ 僕は 少し遠回りしてから 地元に戻ってきて ・・・
ここをやっと借りて カフェを始めましたよ 」
「 そうですか ・・・ 落ち着いてて ステキなお店ですね
このオ・レも とっても美味しい・・・ 」
「 メルシー Mademoiselle 」
「 ああ ・・・ ステキな時間、過ごせそう〜〜 」
その時から この小さなカフェ は フランソワーズの隠れ家になった。
時々 ・・・ ふらっと訪れ オ・レ をゆっくり味わう。
どうしても一人で ぼ〜〜っと のんびりと過ごしたい時
昔のことなんかを思い出したい時 にやってくる。
ここは ジョーにも話していない。
この オ・レ
・・・ パリのあのカフェのと 似てるわ
外の席にいることが多かったけど・・・
そう こんな味だったわ
秋には テーブルに葉っぱが落ちてきたりしたわ
うす茶色の飲み物から 故郷の懐かしい味を ほんのすこし、
感じることができるのだ。
フランソワーズの < 小さな故郷 > なのかもしれない。
そんな 密かな楽しみがあるので ―
今日もあの店で ゆっくりオ・レを味わいたかったんだけど・・・
「 ・・・ がっかり だわあ・・・ おぼん ってなによ 」
ぶつぶつ文句を言いつつ商店街をぬけてゆくと ―
店舗も途切れた先に 民家も少なくなった所に
≪ カフェ→ ≫ の看板を見つけた。
「 ・・・ あら? こんなトコにもカフェ あったんだ? へええ・・・」
看板の矢印を頼りに しばらく進んでゆく。
「 ・・・ あれえ・・・ 普通のお家も少なくなってきたけど・・・
あら キレイなお庭がある! ・・・ あ もしかして ここ? 」
カフェ です、 どうぞお入りください
なんとも優しい看板が見つかった。
「 そうですか? それじゃ おじゃましまあす・・・? 」
看板のすぐ下に 大きな木製の引き戸がある。
「 ・・・ ここ ・・・ でいいのかな あら 」
建物の横から 奥にひろがる庭が見えた。
内側 ― 通りとは反対方向に オープン・カフェ になっていた。
緑濃い庭に テーブルを並べている。 首を差し伸ばしてみれば
庭テーブルで 文庫本を読んでいる男性が見えた。
日傘を上手く使っていて 巧みに西陽を避けられる風になっている。
コップの水が 繁茂する夏草を映して緑色にみえる。
「 へえ ・・・ 庭のオープン・カフェ もいいわねえ
え・・・っと? ドアの取っ手は〜〜〜 どこ ・・・
あ これね ・・・ どこかで見たようなカンジ ・・・えいっ! 」
カラン・コロン
カリヨンの音がして わりと重いめのドアが開き ―
そ〜〜〜っと 中を眺めたら小柄な初老に近い女性が
にこにこ・・・ 店番をしていた。
「 いらっしゃいませ〜〜 あら はじめてさん 」
「 あ はい あのう 」
「 どうぞ どうぞ いらっしゃいませ〜〜
お好きなお席へ どうぞ 」
「 はい ・・・ 」
・・・ あれ?
わたし 前に来たこと、ある?
ううん 初めてよねえ・・・
でも この雰囲気、知ってるわ
「 えっと ・・・ ここ いいですか 」
いつもの習慣なのか ごく自然にカウンター席の隅を選んだ。
「 どうぞ どうぞ。 外国のお嬢さん。
日本語 お上手ね 」
「 ありがとうございます あの ・・・ 家族と一緒に
こちらに来ました。 」
「 そうですか ― ご注文は・・・ 」
「 あ はい オ・レ ・・・ カフェ・オ・レ を
お願いします。 」
「 はい。 あの フランスの方? 」
「 はい ・・・ 」
「 どうぞ よかったら庭の方にもごらんになってね 」
「 ありがとうございます 」
「 あのね 今日はいつもより御客さまが多いかもしれません 」
「 ?? 」
「 古くからのご常連の皆さんが いらっしゃるんですよ 〜 」
「 え あら・・・ じゃあ貸し切りですか 」
「 いえいえ どうぞ ごゆっくりなさってね。
そう・・・ 皆さん、ばらばらにいらっしゃいますから。
ただね いつもより少しばかり賑やかかも ・・・ かまいませんか? 」
「 はい どうぞ どうぞ 」
「 あら おしゃべりしてしまって ・・・ ご注文、すぐに
お持ちしますね 」
老婦人は てきぱきした足取りでカウンターの奥に消えた。
へえ ・・・・
なにか 不思議な雰囲気なお店 ねえ
オ・レを味わったら お庭の方に行ってみようかな
カウンター席の椅子には 小さな座布団が置いてある。
多分 手づくりなのだろう。 オシリの下にぴったり 収まっている。
「 ふうん ・・・ ここは普通のお家を改築したんだわねえ ・・・
落ち着いた感じで いいわねえ 」
民家の壁に そのまま大きな布が掛けられタピストリ―みたいになっている。
部屋の隅には ランプが置いてあり いい雰囲気を醸し出す。
「 あ ・・・? このお店、なんていうのだったかしら
看板に書いてあったかなあ ・・・ 」
カタン。 高めの椅子から降りてみた。
「 お庭 ・・・ 行ってみたいなあ 」
「 お待たせしました。 あら ? 」
注文のカフェ・オ・レがやってきた。
「 あのう ・・・ 外のお席に行ってみたいのですが 」
「 どうぞ どうぞ ・・ じゃ これ 一緒にお持ちしましょう。 」
「 ありがとうございます。
お庭がオープン・カフェになってる って珍しいですね 」
「 そう・・・? この庭ね あまり手入れはしてないですけど
緑だけはたくさんありますから ・・ お楽しみくださいね
自由に散策してくださってね
ウチのヒトの、 趣味なんですよ〜〜 」
「 わあ ありがとうございます。 」
「 ここのテーブルに ご注文、置きますね 」
「 はあい ・・・ ああ いい香り 〜〜 」
フランソワーズは テーブルについてカフェ・オ・レ ボウルを取り上げた。
「 ・・・ ん〜〜〜 おいしい♪ すごく ・・・
この味 ・・・ そうよ パリの味! おいし〜〜〜 」
ふう〜〜〜 コトン。
満足の吐息とともにカップを戻した。
「 ・・・ あ ? 」
顔を上げたら ひとつ向うのテーブルの紳士と顔が合った。
「 ・・・・ 」
微笑して目礼すると 先方も暖かい笑顔で頷いてくれた。
うふ ・・・ ♪
目礼 ってステキよね
コズミ先生に教わったんだけど・・・
ふふふ〜〜 いい感じ♪♪
「 ここのお庭も ・・・ ステキ! 夏薔薇が綺麗ねえ・・・
ちゃんとお手入れしてあるわ あっちはアサガオの垣根?
きっと朝はたくさんお花が咲くのねえ ・・・ 」
カタ カタ カタン ・・・
足音がひとつ、彼女の横を通り 先ほどの紳士のテーブルに寄っていった。
「 ・・・ さん! 」
「 おお 〜〜〜 ・・・ 待ってたよ 」
「 僕も! 」
足音の主は そのテーブル席に座り、二人は仲睦まじくおしゃべりを始めた。
うふ? お友達かしら
なんか 楽しそうね〜〜
聞き耳をたてるのも失礼かと 彼女はカフェ・オ・レと庭の緑に
意識を向けた。
「 ・・・ あ 奥の方に ひまわり! 垣根の代わりなのかなあ
すてき〜〜〜 あら あの花壇にほわ〜〜〜っと群れて咲いているのは
なにかしら・・・ いろんな色で小さいけど ふわん ふわん・・・って 」
サワ −−−−− ・・・・・・
風が抜けて 熱気を運び去ってゆく。
庭の緑たちも ざわざわ〜〜〜 伸び放題に近い葉を 蔓を 揺らす。
「 お庭の手入れ ・・・ 全部ご主人がしているのかなあ
あの小さなお花 教えて欲しいわ 」
タタタタ ふふふ カタカタ −−−−
二人連れの老婦人が 庭に出てきた。
「 あそこのテーブルで 」
「 ええ そうね いつものあの席 ね 」
うふふ ふふふ ・・・ カタカタカタ
彼女たちは 若やいだ声を上げちょっと肩を竦め にんまり笑い合い・・
一番奥の テーブルに座った。
ふうん ・・・・?
仲良しさん かな〜〜〜
・・・ なんか リセエンヌ みたいね
このヒト達が 御常連さん なのかしら
伸びあがってみれば カフェの室内もぽつぽつ席が埋まっていた。
お客さんの出入りが増えてきたのか 人影が動いている。
しかし 賑わった声やら 大きな笑い声は聞こえてこない。
へえ ・・・
ここのお客さんって 静けさが好き?
庭の緑に騒めきのほうが よほど賑やかなのだ。
この店の御常連さん は どうやらばらばらにやってきているらしい。
誰かが 誰かに会いに来て 彼らはカフェを 会話を楽しみ
そして笑顔でまた 去ってゆく。
「 なんか ― ステキね! 短編映画みたいじゃない? 」
こくん ― カフェ・オ・レ は 冷めても美味しいのだ。
お兄ちゃん ・・・
・・・ わたし 来たよ?
待ってる から。
ゆっくりとテーブル席を立ち 庭をもう一度眺め ―
フランソワーズは 室内に戻ってきた。
「 あの ・・・ とっても美味しかったです ・・・? 」
カウンターの奥には あの婦人の姿は見えない。
「 ・・・あら ・・・ 困ったわ ここにカップを置いて・・・
少し待ってみようかしら 」
最初のカウンター席に 座り直した。
「 ・・・ ! ここにも絵が ― え ルオー ・・・? 」
カラン カラン −−− ドアのカリヨンが鳴った。
「 ― 待たせて ごめん! 」
え ・・・ お 兄さ・・・ん ??
一瞬 兄の声だと、兄に呼ばれたと思った。
彼女は身体を固くし 振り向くことも顔を上げることも できない。
カツカツカツ −−− 足音は 彼女の横を通りすぎ ・・・
「 あら ううん ・・・ いまさっききたところよ 」
「 ごめん! ― 元気そうだね 」
観葉植物の陰の席にいた女性が にこやかに足音の主を迎えていた。
「 あ ・・・ やだ わたしったら 」
ことん。 カウンターに突っ伏してしまった。
「 ・・・ ほんと どうかしてる ・・・ わたし ・・・ 」
くしゃり。 大きな手が彼女の髪に乗せられた。
「 な〜〜んだ〜〜 外の席にいたのか?
ずっと 中で待ってたんだぞ〜〜〜 」
え ・・・・?
背後から いや 真上から呼び声が聞こえる。
ごく普通に 昨日と同じに 当たり前に ― 懐かしい兄の 声 !
「 ・・・・ 」
最大の勇気を振り絞り 顔を上げた。 身体を捻り後ろを振り返る。
ジャン兄さん !!!
懐かしヒト 愛しいヒト 忘れえぬヒト ― もう会えないヒト
一日たりとも忘れたことのない そのヒトの笑顔が あった。
Last updated : 08.16.2022.
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********* 途中ですが
お盆の時期に アップしたかったのですが〜〜〜
真夏の 昼の 夢 ・・・ かも。 続きます〜〜